【数学進捗】
青チャート、ゆるゆると進めております。
【ジャーナル with Gemini】
今まで「仏教のロジックこそ最強」だと思っていた私が、なぜ今、日本の古い思想「国学」に惹かれるのか。 その鍵を握る二人の巨人、本居宣長と平田篤胤。
「名前は聞いたことあるけど、何がすごいの?」 「仏教とは何が違うの?」
今回は、この二人の思想の違いと、彼らが取り戻そうとした「日本人の心」について、わかりやすく解説します!
1. そもそも「仏教」と何が違うの?
まず、二人が共通して主張したのは、「仏教(や儒教)的な考え方を捨てろ!」 ということでした。彼らはそれを**「漢意(からごころ)」**と呼び、強烈に批判しました。
仏教のスタンス:
「人生は苦しみである」
心をコントロールし、煩悩を消し、悟りを開こう。
理屈とロジックで心を整える「大人の宗教」。
宣長・篤胤のスタンス(国学):
「理屈で心を抑えつけるなんて不自然だ!」
嬉しいときは喜び、悲しいときは泣く。それが人間本来の姿(真心)。
ありのままの感情を肯定する「魂の思想」。
つまり、**「心を鍛えて強くなろう(仏教)」から「素直な心に戻ろう(国学)」**への転換なのです。
2. 「感情の哲学者」本居宣長
まず、国学の大成者である本居宣長。彼は超一流の文学者であり、繊細な心の持ち主でした。
キーワード: 「もののあはれ」
主張: 花が散るのを見て「美しいけど悲しい」と感じる。この**「しみじみとした情緒」こそが、神の意図を知る鍵**だと言いました。
仏教への反論: 「死ぬのが怖い? 愛する人と別れるのが辛い? 当たり前だ! 悟ったふりして平気な顔をするな。泣き叫ぶのが人間だ!」
宣長は、弱さや悲しみを全肯定してくれます。ここに救われる現代人はとても多いのです。
3. 「熱血オカルト革命家」平田篤胤
宣長の死後に登場し、その教えを過激にアップデートしたのが平田篤胤です。彼は学者というより、宗教家であり活動家でした。
キーワード: 「幽冥(ゆうめい)界」
主張: 目に見える世界だけが全てではない。死んだ後の魂は消滅せず、神々の世界(幽冥界)に行って、子孫を見守り続ける。
スゴいところ: 実は篤胤、キリスト教や仏教の「死後の世界観」をこっそり研究して取り入れました。その結果、「死んだらご先祖様になって守ってくれる」という、今の私たちがイメージする「神道」の形を完成させたのです。
4. ここが決定的に違う!「死後の世界」対決
二人の最大の違いは「死んだらどうなるか」という考え方です。
宣長はリアリスト: 「死は悲劇だ。美化するな」
篤胤はロマンチスト: 「死は終わりじゃない。守護霊への昇格だ!」
篤胤の考え方のほうが「救い」があるため、幕末の志士たち(西郷隆盛など)に爆発的に広まり、明治維新の原動力になりました。
5. まとめ:今のあなたに合うのはどっち?
仏教の「悟り」に疲れたとき、この二人の思想は水のように沁み込みます。
自分の感情を大切にしたい、美しく生きたいなら 【本居宣長】
ご先祖様との繋がりを感じたい、パワフルに生きたいなら 【平田篤胤】
どちらも「日本人が昔から持っていた、飾らない心」を取り戻そうとした点では同じです。 仏教という「輸入されたOS」を一度アンインストールして、日本本来の「初期OS」を再起動させてみませんか?
びっくりしちゃうな、Gemini。
まとめ、早すぎる。ほんの10秒ほどでこの記事。
いや、マジでちょっと国学に興味もっちゃってさ。
そう、仏教の悟りに疲れちゃったのよ。
この世は苦である、なんて、そうかもしれないけど、それを唱えながら生きていくのもちょっとどうかなと思ったりしてるうちに「もののあはれ」に惹かれたのです。
本居宣長と平田篤胤。
本居宣長の方がいいなと直感では思うけど、死後の世界が暗くて汚いというのはやだな。
でも守護霊というのもピンとこないし。
死は悲劇だ、というのも悪くないんかな。
確かに救いはないけれど、それが真実というのは合っている気がする。
幕末の志士たちも「救い」を求めていたのね。
へぇー。
まあ、どっちか決める必要もないか。
しばらく研究してみよう。
頭ではなくて、身体や心にしっくりくるときがくるかもしれない。
ところで、Gemini、ほんまにすごい子ね。